質屋 通り 商店 街
質屋さんは減っています。誰が読んでいるのか判らないブログですが、場合によっては誰も読んでないのも、またブログ。このブログも、当然ながら誰も読んでない可能性もある訳で、そうなりますと当然の如く、これは「ただの日記」に成り下がる訳ですね。そう考えると悲しくなってしまいますが、それでも商売がウマクいって、数年後、十数年後に読み返した時に初心を思い出す切っ掛けになったり、雇った社員が、私がどんな気持ちで業務にあたっていたかを感じる事が出きれば・・・と、希望を持って書いている事は確かです。質屋情報は記事の下にあります。
6割は冗談半分として、仮にその半分の30%としても、資産家が投資するには大変良い投資材料と言えると思います。まとめと、相変わらずダラダラと書いてますが、質店の利回りは、どんなに悪くても貸し付け残高の30%は見込めます。新規出店のブランド質店が巨額投資は、既存の質店が減少する中にビジネスチャンスを見出した確実性の高いものです。ですから、電柱広告100本で年間180万円、200本で360万円、電話帳広告見開き300万円、フリーペーパー1ページ50万円(全て定価ベース)のような大々的な広告費を掛けて、将来の顧客を狙っているのです。
こうした事から、私ども第二次ベビーブーム世代近辺には、質屋さんは高齢の夫婦がノンビリと仕事をしながら、ノンビリと生活しているイメージが強いのだと思われますが、バブルによる金銭感覚の麻痺が、質屋さんの後継者不足の一因になったのではないかと、私的には思っています。後継者不足を考えるこうして、当時の青年期を過ごした方には、質屋業は魅力的に見えず、後継者とは成り得ませんでした。その上、質屋さんは一言では説明のし難い、難しい技術職であります。質屋情報は記事の下にあります。
こちらも散々述べてますが、テレビや洗濯機の査定をする一方でブランドバッグや腕時計、宝飾品に携わるのですから、一朝一夕ではその査定技術は身につきません。さらに、質屋業務が会社形態ではなく、個人事業主の形態で行われている為、その業務内容がマニュアル化・フロー化されておらず、若い人達が習得するまでには、並々ならぬ我慢と根性が必要となるのです。そこで思い起こすのが、戦前・戦後はもちろん、江戸時代・鎌倉時代に遡るまで「丁稚奉公」と言う制度・シキタリですが(ドイツにもマイスター『職人』制度というのがあります)、良くも悪くも、現代社会の若者にはナカナカ受け入れられませんでした。